人生は短いのに

私は医者歴9年目の内科医です。

医局に属している多くのお医者さんは、何年か医者として働いてから大学院に入って学位をとることをのではないかと思います。

私もあまり深く考えずに、「学位をとるために」と思って大学院に進学しました。

大学院や医局によっては大学院生でも臨床の仕事をメインに行い、少し臨床研究や基礎研究をして学位論文を書いたら研究をやめ、卒業したらまた臨床の仕事に戻るという形のところもあると思います。

逆に臨床は誰にでもできる、頑張る気持ちのある人は研究をすべき、特に大学院に入ったのだから基礎研究をきちんと行うべきであるといった考えの医局もあります。

私の居る医局は後者でした。

一度基礎研究を始めると、医局をやめるという判断もしくは、医局に属していても、もう研究をやめます、という決意表明をしない限りは研究して論文をpublishすることを求められる人生です。

 

私は現在医者は9年目。5年間医者として市中病院で働き、その後大学院に入学しました。4年間研究生活を行い学位をとろうとしているところです。

この4年間、医者と研究者、両方の生活を経験して勉強になったことももちろんありますが、一方で割り切れない気持ちや不安、今後自分は何をしていくのか、何ができるのかといった焦りも大きいものです。

私の所属している科は循環器内科といって、心臓の内科です。内科の中でもカテーテルの検査、治療、など手技、技術が必要となる科です。また、救急患者さんも多く、生死にかかわる重症の患者さんが多い分野です。医者人生5年間、研究生活4年間。医者として一通りの手技を学んでなんとか独り立ちをしたところで手技の鍛錬や臨床の最前線から離れて研究をすることへの不安はずっと付きまといます。

医者であり、かつ研究をすることの意味をどうとらえるかであるとか、医者の生活と研究者の生活のギャップであるとか、この4年間感じた素直な気持ちを書きとめておこうと思いました。

私はずいぶんとこのギャップ、医者でありかつ研究をすることへの意味、今後研究を続けるか臨床医に戻るか、果たしてブランクを経てまた臨床の最前線で働けるのか

そういったことに悩んでいました。今でも悩んで答えは出ません。

世の中にはMD PhD両方持っている先生は大勢いるし、一度基礎研究をして、留学などしたあと、臨床医としてキャリアを積んでいる先生も多いのに

そんな先人たちは悩まなかったのだろうか。とずいぶん思いました。

私の悩みを解決してくれるような、もしくは同じような悩みを持っていて共感できるようなブログは見つからなかったので、このブログを始めてみることにしました。

 

短い人生の中で、臨床のお医者さんをしたいはずの私が研究をした(している)意味はなんだろうかと。

 

※医局とは大学の中の大きなヒエラルキーです。教授以下、大学病院に居る先生全員と関連病院という提携病院に居る先生全員を管理しています。

関連病院やアルバイトを紹介してくれる、比較的教育的で症例に偏りがないような病院を関連病院として持っているなどのメリットがありますがそのピラミッドの大きさゆえに面倒なことも多々あります。